事の発端

>>>>新聞記事>>>>

 2002年2月2日(土曜日)の山梨県の地方新聞にこんな見出しの記事が載りました。
「XXXが400人追加削減 早期退職制度活用 甲府工場も対象」
そして、その内容は以下のようなものでした。
「XXX(本社...)は一日、電子部品事業の長期的な需要低迷を受け、早期退職優遇制度を利用して約四百を追加削減すると発表した。削減はXXX本体が対象で、甲府工場(中巨摩郡XX町)を含む全国十三事業所で四日から三月二十二日まで希望退職者を募る。 ......」
 噂を聞いていた人は、ついに来たか! と感じました。が、何も聞いていなかった人はほんとうにびっくりしたに相違ありません。

>>>>お誘いの手紙>>>

 さらには、一部の人、50歳以上の管理職以上の人が対象と思われますが、会社から自宅に早期退職制度への応募のお誘いの手紙が郵送されていました。
社長名で"特別転進援助制度のお知らせ"とあり、"今回の不況について"、"構造改革について"、"収益構造の改革について"、"特別転進援助制度について" などの項目で会社の状況や今回の募集に至る経緯が述べられており、最後に「会社の置かれている厳しい状況と改革の必要性をご理解頂き、この機会を有効に活用されることを願っております。」と結ばれていました。

>>>>全員に>>>>

 休み明けの2月4日(月曜日)、工場では急遽食堂に社員全員が集められ、今回の特別転進援助制度実施についての説明がありました。
しかしながら、説明する方も上記の社長より発行された文書の内容とほぼ同じ事を説明しただけで、それ以上の内容の説明はありませんでした。多分しようにもできなかったのでしょう。それほど社内でも急な話だったのかもしれません。
 さらにその後の朝礼で、当工場の主要部門が所属する事業本部の人員計画、そして工場の生産の大半を占める製造ラインが他地区の工場に集約されることが発表されました。
その結果この工場では200人以上の余剰人員が出ることが明らかにされたのです。
もう今後は、仕事なら何でもやります、転勤ならどこへでも行きます、それがいやなら自己都合退職しますという覚悟がないと続けられないのは明らかでした。

>>>>一人一人にも>>>>

 さらに一人一人が部門長と面接し、そのときに退職金に加え割増退職金などの額の提示を受け、今回の早期退職制度の応募への検討を勧められました。人によっては今後の仕事の方向性の相談などもあったようです。割増退職金は年齢によって違いますが50〜55歳が最も多く、給与40ヶ月分というものでした。

 ...「3.ゆらぐ心」 へと続く